人生の岐路 うつ病と自分


うつ病認定現在進行中デザイナーのどうでもいい独り言


2019年04月

周りが言っても聞かない「高齢者ドライバー」

東京・池袋で高齢者ドライバーによる、悲惨な交通事故が起きた。
このニュースは他人事ではいられない。
何故なら私の親も高齢者ドライバーだからだ。

運転するのは父親のみで、母親は免許はもう持っていない。
昔はそれで何の問題も無かった。
これまで父は交通違反する事もなく、唯一警察にお世話になったのは、シートベルトの未着用で一件のみ。
それも随分昔の話だ。

今は車に乗り、シートベルトをせずに運転を始めると警告音がなる。
車を変えてからはそのような「つい忘れていた」という、誰にでも起きる事も無くなった。

若い頃はスポーツカーをかっ飛ばし、高速で他の車に抜かれようものなら、むきになって抜き返す。
今ではこれは重大な事故を引き押しかねない事であり、非常識と言われる事であるが、高度成長期の日本ではまだそんな事も普通に起きていた。

そんな父も齢八十を超えた。
この頃前後から、父の運転には衰えが目に見えて判るようになっていた。
これまでぶつけた事の無かった実家の塀に車をぶつけ、ミラーの一部が破損し、駐車場に止めるにも時間がかかる。
他に車が無かったから良かったものの、やっとの事で駐車したと思った車は斜めに駐車されている。

「これで最後やから」

そう言って、父は車を車検に出した。
年金暮らしで、貯蓄もほぼ無い事もあり、車検の費用を私が出した。

私は実家で暮らしておらず、実家に帰るにもかなりの時間と費用を要する。
それこそ仕事を何日か休まなければいけない。
その為、頻繁に様子を見る事などは出来ず、ましてや自身が父の車を代わりに運転する事など出来ない。

父は幾つも病院に通っており、実家は不便な田舎である為、車は欠かせない。
地方バスも最寄では存在せず、唯一車無しで病院に行く方法は、タクシーに限られる。
そんなタクシーですら、田舎では来るのに時間がかかる。
費用はもちろんの事ながら、何より時間がかかるのである。
待たされる、と言う事を嫌う父は、タクシーが嫌いである。

そのような理由で、今でも父は車に乗り続けている。

「やっぱり車が無いと困る」

そう、父から言われる。
そんな父も今年になり、免許の更新が近づいてきていた。

上述の高齢者ドライバーによる事故の数日前、母から電話があった。

「お父さん、免許更新するって言ってきかない」

実は前回の車検の際に、父はこう言っていたのだ。

「車検はするけど、次の免許更新で終わりやな」

私も、ならばと車検資金を出したのである。
次の免許更新が来たら自主返納、そう思っていた。
しかし、母からそう連絡が来たのである。

父は頑固で、言い始めるとどんなに説得しても耳を貸さない。
おまけに言い過ぎると怒り始める。
その怒りの矛先は母に向けられる。

父はもうよろよろ、いつ車椅子生活になってもおかしくない年齢で、実際それは着実に近づいている。
車の運転も、もう危なすぎる。
私も免許更新は否定したが、言っても父は聞かない。
そうして調べてみた所、父の今の感じでは高齢者講習や、認知症検査で引っかかるだろうと思い、私は母にこう言った。

「じゃあ、受けさせるだけ受けさせたら? それで落ちれば文句も言わんでしょ。多分更新されんでしょ」

母はそれを聞き、じゃあ予約だけしておこうかね、と言った。

そうして数日後、テレビでニュースを見ると池袋での凄惨な交通事故が放送されていた。
高齢者ドライバーによる交通事故。
正にいつ父が犯してもおかしくない、身近な事である。

それから私は、もう一度高齢者の免許更新について調べてみた。
そうすると今度は驚く情報が出てきたのだ。

高齢者講習や、認知症検査では落とされる事はほぼ無いらしい。
あくまでそれは指摘であり、免許更新にあまり影響は無い。
地方の事情や、車が無いと病院等に行くのも困難であり、強制する事は難しいとの情報が出てきたのだ。

私はてっきり、それで落としてくれるのだと思っていた。
いや、今でもそれで問題が少しでもあるようであれば、免許の更新をしないで欲しいと思っている。
問題が無くても、もう更新は出来ません、と公的機関から宣言されて欲しいと願っている。

今から自主返納を説得しても、父がそれに耳を貸さない事は目に浮かぶ。
こんな事故があったのだから、と言っても、それは過去にも言った事がある。

「車が無いと困るやろが」
「タクシー呼んだらすぐ来るんか?」
「儂は安全運転しとるから」
「今までに捕まった事はないんじゃぞ?」
「お前は儂を馬鹿にしとるんか!」

父には家族や友人からの忠告も届かない。
だから公的機関で、正式に運転を止めさせてほしい。
そして、もう少し田舎での交通事情を改善して欲しいと考える。

●追記

私は前の記事でも書いた、就職氷河期世代。
そんな私の貯蓄は少なく、当然今の仕事を辞めると、次は無いと考えている。
だから実家に戻れない。
これは就職氷河期世代(の負け組)でしか判らない心情だと思われる。
その世代の親世代がこの高齢ドライバー世代とも言える。
それでも、実家に帰れるよう今も努力はしているが、現実は甘くない。
結婚も出来ていないし予定も無いし、もはやする気にもなれない。
このブログから判る通り、自分はうつ病を患った者であるのも大きな要因である。
そんな自分が親に免許を返納せよと強くも言えない。
残念だがこれが現実である。
高齢者ドライバーの事では、マニュアルにせよだとか、自動何とか装置をつけろだとかの意見もあるようだが、その資金を誰が捻出するのか。
少なくとも私が出すのであれば、借金をするしかない。
だが返すあてもないが、それでも貸してくれるだろうか?
もしかすると、私自身、そのうち生活保護申請が必要になるかもしれない。
そこから浮かび上がるもう一つの問題、8050問題。
この50歳は、ほぼ運転免許を持っていない事が多い。
私は車も免許もあるが、いかんせん実家が遠い。
実家に戻るにはそこでの仕事が必要だが、未だ見つからない。
尚、そんな父親を介護施設に入れる事も相談したが、病院からの診断が下りないと入れる事が出来ない。
一応、一人でトイレも風呂もまだ行ける事や、受け答えなどは出来る為、要介護にもならない。
そして何より、そんな介護施設に入れる資金が無い。
これら問題も高齢者ドライバーを生み出しているもう一つの要因かもしれない。

就職氷河期世代と自己責任と運と想定外

忘れられた頃に更新するこのブログ。
もう、誰も見ないと思いつつも忘れた頃に更新する自分。

小さなニュースを見てちょっと思う事あったので更新。

「人生再設計第一世代」政府検討――。

就職氷河期世代を「人生再設計第一世代」とか、エヴァンゲリオンに出てきそうな「人類補完計画」じゃないんだからと思いつつも、そういったアニメを青春時代に見てた人がちょうどその世代に当たる。
自分もその世代だからどういった時代だったかは判っている。

「8050問題」、或いは「7040問題」にも当てはまる世代。
「中年ひきこもり」、「無敵の世代」とも言われ、「自己責任」で今そうなっているとも言われる人達。

その人達の高校卒業時、或いは大学卒業時、地方にはまず職が無い、都会に出ても職が少ない、企業は入社説明会すらも開かず、あっても今年の新卒は1人か2人が限度だとか、倍率1.00を切っただとか、100社以上の企業で就職活動して1社受かれば良いとすら噂されていたものだ。
そしてそれが当たり前だった。

しかしその親達は違う。
良い大学に行けば、良い企業に受かり、一生安泰――。
だから勉強しろ、良い成績を取って、良い大学に行けば、良い企業に入れて、高給取りになれる。
そのような考えの親達ばかりだった。
その頃は若者であった、現在での「就職氷河期世代」はそんな親にも反発し、今はもうそんな時代じゃない、雇ってくれる企業は無い、と考えていた者達も多く居た。
特に、並程度の成績で、平均よりちょっと良い程度の大学出身者達にはそれは顕著に表れた。
自己責任、と言われるが、大学で学んだ事とは全く違う職に就いたものがほとんどだ。
そして、じゃあ大金を使って、大学に何しに言ったのかと親世代に問われる。
仕方なしに転職をしようとして、転げ落ちる人達を見てきたものだ。

運が悪かった、と言えば、自己責任だろ、と返ってくる。

今、大学に行っている人に問いたい。
「今やっている勉学や研究は、その後の就職、仕事には何の影響も無いですよ」
そう言われたら、どう思うだろうか。
もしも、令和元年に、リーマンショック以上の不景気が再び来たら?
或いは、いずれ来ると言われている、南海トラフや首都直下の大災害が起きて、行きたかった企業が無くなったら?
それで就職に影響が出ても、自己責任と言えるのだろうか?

災害は自己責任じゃないだろと言われるだろう。
しかしあの超就職氷河期は自己責任なのだろうか?
もちろん、まっとうに勉学に励み、進むべくしてエリートの道を突き進んでいる者達には敬意を表するし、それだけ頑張ったのだろうとも思う。そこは否定しない。
或いは天職を見つけ、地道にその道に励んできた者達も同様だ。

だが、あの頃はそこに運の要素が多分に含まれていたと言う事実がある事は大いに否定できない筈だ。

仮に上述のような何かしらの大きな社会問題が起き、今現在の若者たちの就職に影響したとしても、おそらく、就職氷河期世代にはこう言う人は居るだろう。
それはその中で就職できなかった自分らが悪い、自己責任だ、と。
何故なら就職氷河期世代はそう言われ続けてきたからだ。
全てが自己責任。
ならば同じような事が起きても、それは自己責任なのだと刷り込まれた。

不謹慎な言い方かもしれないが、その世代でも、特に辛い思いしかしていないような人達は、あの東日本大震災の被災者にすらも言うかもしれない。
自己責任だ、と。
津波の被害がどれだけ想定外であったとしても、だ。

運が悪かった、想定していなかった。
それは就職氷河期世代でも同じだ。
そんな想定はしていなかったのだ。
だからこそ言ってしまうかもしれない。

あの大災害にあっても、常に防災意識を持ち、自身の危機管理能力で無事に避難し、その後も努力し、現在はある程度普通の生活が出来ている人達も居る。
そうなれなかったのは自己責任だと。

運良く助かった、運良く時代が良かった、運悪く被災した、運悪く不景気だった。
どう違うのだろうか?

今の生活が全て自己責任だと言うのなら、それすらも自己責任。

2018年11月に起きた安田さんのシリア拘束での出来事で、多くの自己責任論が出たのは広く知られているはずだ。
メディアでも自己責任論に関して色々と討論されていた。
あの自己責任に対して色々な議論が出た理由は、実はその就職氷河期時代に多くの者達が自己責任だと言われ続けているからではなかろうか。

そして、今になって、政府が「人生再設計第一世代」と称し、何か企てている。
災害が起きて、20年ほど経ってから、そろそろ被災者がやばいから何かやろうか、と言っいる事に等しい。
あの世代は災害レベルの事をずっと強いられてきた。いや、今もまだ、これからもずっとだろう。

災害で亡くなった方の命は戻らない。
生きていればいつか良い事がある、かもしれないが、もうあの若さ溢れる年ごろには戻れない、戻らない。
使い捨て扱いをされ続けてきた日々を送り、心身を壊した者達に、あの日はもう戻らない。

そのような人生を送ってきた就職氷河期世代は、「結局は自分でなんとかするしかない」。
私たちは、「人生再設計第一世代」などではない。
既に設計は、自分たちでやっているのだから。
あとは、席が空くのを待っているのだ。

私がうつ病になったのも、自己責任。
そのような会社に自分から入ったのだから、自己管理が出来ていないから。能力が無いから――。
あの時「自己責任論」を唱え始めた者達は今でもそう言うだろう。

就職氷河期世代が言われる自己責任と言う言葉。
その言葉を広義にしたのは他でもない、就職氷河期で人を切り続けた者達だ。
プロフィール
112monokuro


現在うつ病再発中
ブログ放置歴8年くらいの中の人
通院はずっと続けてたけど
再度酷い状態になり
休職をきっかけにブログ復活
画像は昔の私の作品

治療しながら現在は在宅で
デザインやムービー作成等々をやっています。
2012年の6月にうつ病発覚

使用中の薬
レクサプロ錠10mg×1
レメロン錠15mg×3
フルニトラゼパム錠 2mg「アメル」×1
ジアゼパム錠5mg×1
ソラナックス0.4mg錠
アモバン錠7.5 7.5mg
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